【蔵書感想2】 漱石全集 第九巻 文学論

家にある本を片っ端から読んで、感想書いてみる


 

こうなるに至った経緯思いつきはこちら冒頭。

【蔵書感想1】 ターシャ・テューダーの言葉2 楽しみは創り出せるものよ
我が家にも断捨離ブームが到来して3年ほどですが、 家族全員本に対する執着がものすごすぎて一向に減らないので(笑)いっそもう家にどんな本があるのか片っ端から読んでみようと思いました。 超突発企画。 題して、 家にある...

蔵書その2「漱石全集 第九巻 文学論」

二冊目もコレ、どうしたらいいものやら……!(笑)
教科書でお馴染み夏目漱石先生の、岩波書店刊(うちにあるのは昭和41年発行)、漱石全集、九巻目です。

分厚いですが、2段組なわけでもなく、文字も大きければ行間もたっぷり、ということで視認レベルでの読みにくさはなし。

 

問題は内容……!
もちろん(?)、事前知識なし
漱石は作品(それもごく一部)と、ジャムがやたらめったら好きだったとかいうしょーもないことしか知らない

 

この本、文学「論」とあるので、さぞ小難しいことが書かれてるに違いないっす。
夢十夜とか小品とかは読んだことありますし好きなんですが、避けて通ってたんですよね。この「文学論」ってやつ。坂口安吾とか筒井康隆氏みたいな痛快で笑えるエッセイみたいな感じだったらいいけれど、どうかしらん。

で、読んでみたところ。
まったくもってエッセイとかそういうもんじゃなく、ガッチガチの文学理論本でしたが、
ぼ、冒頭からおもしろ〜!(笑) いきなり序の一文目で、

余は此書を公けにするにあたつて、此書が如何なる動機のもとに萌芽し、如何なる機縁のもとに講義となり、今又如何なる事故の爲めに出版せらるゝかを述ぶるの必要あるを信ず。 ──p.5

事故て(笑)
さらに「私は別に留学考えてなかったし、ほかに適当な人居るでしょ、と思っていたら、学校から〝まァとにかくお前を語学(※英語特化)留学させてもらえるように文科省に推薦したら通ったから、つべこべ言わず行ってこい行ってこい〟って言われてイギリスに留学しました」みたいなこと書いてあるし、どんどん読み進めていくと、スコットランドに行こうかアイルランドに行こうかと迷ったけど、自分は英語の語学留学に来ているんだからやめとこうと思った、だの、ロンドンに居た2年間は不愉快だったとか、そのあと帰朝後の3年間も不愉快だったとか、それを英国人は「神経衰弱」、日本人や親類は「狂気」やらといい、でもその「神経衰弱」と「狂気(狂人)」であるがために「猫(吾輩は猫である)」なんかを出せたと思えばそれらに感謝せねばなァ、なんて、まー皮肉というかなんというか〜(笑)

でもそれ以前に注意すべきは、この本が、ただの「文学論」ではないということっすね。

余の命令せられたる硏究の題目はにしてにあらず。 ──p.5

去れど、余は單に語學に上逹するの目的を以て英国に來れるにあらず。(中略)語學を熟逹せしむるの傍余が文學の硏究に從事したるは、(後略) ──p.7

どちらかというと、がっつり日本文学ベースというよりは、英文学寄りの「文学論」? パラ読みしただけでもものすごいアルファベット率で圧倒される。

ナァンデエ、アンタ、自国のよりもよっぽど英文学が魅力的だったのかい……と思いかけて、なんに載っていたのか忘れたけれど、「明治における日本の〝小説〟はまだまだ稚拙で、色んなところから剽窃して継ぎ接ぎしていた」みたいな、連載コラムの一節があった(ような気がする)のを思い出す。S-Fマガジンの「SFのある文学誌」だったかな? 違うかな……思い出せん!(笑)
しかしそれを考えると、(小説においては)西洋のが魅力的に思えたかも。

序文にも注解にもありましたが、この文学論、東大での講義当初はかなり不評だった(というか反発が大きかった)らしいっすね。
なんで? って思ったら前任がラフカディオ・ハーンで? しかも講義内容は「シェイクスピア」?
彼が聴講者を魅了し去っていったお陰で、当時の東大生たちにとっては
「漱石ィ? 後続は田舎モンなのかよ( `д´) ケッ!」(←超難癖感)
って感じだったらしく。
けどこうして岩波版の本1も出てるってことは、結局人気の講義になったってことじゃないっすか?
漱石先生自身も、序の p.12 で「理論的すぎたかな……」なんて反省されてますが、書籍化されて、今も読まれ続けているって時点で、そこまで問題はないと思います。(密林とかのレビューは辛口ですけども)

やばい。文字を序文に割きすぎた(笑)
長いので、一旦区切ります。

 

観念(F)と情緒(f)

ひいいやっぱ小難しいいい (笑)

直上見出しは、第一編 第一章「文学的内容の形式」に出てくる言葉なんですが、印象に残ったので。
ちなみにどういう形で出てくるかというと、こんな感じ。

凡そ文學的内容の形式は ( F+f ) なることを要す。Fは焦點的印象又は觀念を意味し、fはこれに附着する情緒を意味す。 ──p.27

つまり「はっきりしたテーマ と エモい(?)感じ=文学作品に必要」……? うわ、専門の方に「オイこの、適当なこと言いおって」って言われそう。分かりやすく言うとどうなんだろ。
巻末の(書籍全体の4分の1くらいのボリュームがある)注解には、

漱石研究文献は実に多く出ているが、この ( F+f ) の出典を記しているものは見当たらないようである。おそらく漱石自身の考案したものであろう。Fは、 Focus または Focal point(焦点)であろう。
(中略)
fは、 feeling(感情)であろう。 ──p.550

とあって、「F」のほうはもうちょっと、〝ある場合には Fact(事実)〟とか書いてあったけど、「〜であろう」調なので鵜呑みにはできない。予想するしかない。しかもこれ、1966年の本だし。新しい漱石本(?)にはもっと詳しい新事実が書いてあるかも。

が。
気にはなるけどそんなことしてると次の本いけない(´・ω・`)
この記事、研究記事じゃなくて、あくまで感想記事だし。

とりあえず、私は漱石先生の言う通り、「 ( F+f ) = 観念+情緒 」ということにしました。

尚、この ( F+f ) 、特に「F」は、のちのちまで引っ張られる。前提情報ですねわかります。

 

目次が魅力的すぎ問題

これ。
読解力がおっつかないとこにこれはつらいんだよ、先生。
文語体を変換しつつ読むので、もういっぱいいっぱいだし(笑)

以下、目次で個人的に気になったやつをピックアップ。

 

  • 簡單なる感覚的要素
  • 父子間の同感
  • 兩性的本能
  • 耶蘇教2の神
  • 善悪の抽出
  • 非人情
  • 道化趣味
  • 自殺組
  • 集合意識
  • 文学者のF
  • How と Why
  • 天才獨特の意識波動
  • 沙翁3崇拝
  • 成功は才に比例するものにあらず

 

パねえ。やっぱ超惹かれる。

一番最後は啓発っぽい響きですが、詩人ロバート・ブラウニングさんの事例をとって、必ずしも天才が(最初から)成功するわけじゃない、世に認められないと難しいよーってなことを言ってました。詳しくはどうぞ「文学論」本書をば(笑)

ただ、この昭和41年版が特別そうなのかは分かりませんが、章以下の節(というか章の内容一覧にしただけの)項目についてはページ数が書かれていないので、気になっても飛んで探すのが一苦労……!
コツは、小学校の国語で習った、『段落』作法にありました。あの一字下げ。あれです。
それでも正確に段落数=見出し順序なわけではないので、段落を見つけたら内容を確認して、ちまちま探していくしかないのに変わりないわけですが。

今はすっかり英語みたく、空行挟んで段落替え、がネット上でも小説でも主流になりつつあるけど、初等教育で習ったこと覚えてないと古典読むのに死ぬな〜これ。まさか目次の見出しが、本文中で見出しになってないとは。
同じような文量に密度でも、今の学術書は至極親切なんだな、と思いました。編集さんならびにDTPの方へ感謝だ……。

 

超自然Fの文學的効果……?

これは目次の文言なんですけど、もっと「ややこしい」感爆発っすね!

超簡単に言うと「お化けとか超常現象とかそういうやつが文学にもたらす影響」ってなもんで、
ページで言えば p.125 以降、第三章終盤に来るんですが、

その前に、
漱石先生が文学上避けては通れぬ「神」について、

英雄を無限に廓大したるもの ──p.123

だの、

吾人がなさんと欲して、なす能はざる理想の集合體たるに過ぎず。されば神は人間の原形なりと云ふ聖書の言は却て人間は神の原形なりと改むべきなり。 ──p.123

だのとゴリゴリのエッジな意見を述べられてるので、超自然について語りだしたときは拍子抜けというか、ほっとしたというか(笑)

あれだけ神性を文字に落としこむだけ落とし込み、恰好良く断言してらしたんで、古来から芸術につき纏う古典的なオカルト──民間信仰、奇蹟、卜占ぼくせん、妖精妖怪精霊せいれい精霊しょうりょうその他、人類が今の今まで慣れ親しんでいるものを、どっか安っぽいコンビニ本的オカルト風に見做して、卑俗的な、特に意味ない事物、のような扱いをしてるかと身構えてたんですが、

靜かに思ひ潜めて成れる考の外は決して文學に入る可からずと云ふものは、これ根本的に文學の何物たるやを解し能はざる輩と云はざるべからず。文學は上述の如く感情を主腦として立つものなれば、(中略)感興の之に伴なふことなくば文學上全く死文字にして三文の價値だになきこと明らかなり。 ──p.126

超自然的なものに関しては、これもまた強烈な感情を引き起こすトリガーとして、文学上重要な要素である、と主張された上で、このように「(文学において)理性一辺倒なんぞ二束三文にもならん」とばっさり斬って捨てられてました(笑) よかった(笑)

本書の題が題だけに、「だから超自然的なものも、君が信じれば居るかもね☆」なんていう巫山戯たことは一切書かれてませんが、そこらへんの筆の揺らぎがないのも、漱石先生の生真面目さが窺えて面白い。

 

まとめ

てなわけで長くなったので、最後にざっくり。

読んでみて、
この本は結局、玄人向けの文学論だと思いました。

というのも、読むのにかなり知識が要ります。例えば、

  • 旧仮名遣いと旧字体をある程度分かっている必要がある
  • 文語体の文法も然り
  • 漢字の外国名、アルファベットの作家名、用語を、読者が事前に理解している前提で話が進む

など。
これだけでもめちゃとっつきにくい。
前半は中学の授業内容まともに覚えてれば問題ないだろってツッコミはスルーで……。

序文の「北の方蘇国〜」で引っかかった朝風は隣の「愛蘭土アイルランド」という国名でなんとか「関係位置的にスコットランド……かな……?(検索ボタンポチー)」と確信をもって読めたので、現代っ子()が興味本位で気軽に読めたもんじゃねえな! って心底思ってます。

ただーし。

書いてある内容はとっても興味深いし、勉強になります(`・ω・´)
焦点の合っている意識(A)が別の意識(B)に移るとき、Aは弱くなる(A→a)けれども、それはBの端っこに存在している(完全に消え失せることなく影響している)、とか。(※心理学のお話らしいですけれども)
文字書きには、とめどない連鎖を自分の思うまま切り抜いて、(写真や絵画みたいに)永遠の一瞬のようにして表現する権利があるよ、という勇気をもらえる言葉があったりするし(笑)

全体的に見て、作品の構造把握に絶対役立つと思いますし、同好の士に布教したい。もっと読み込んで文学好きの我が子(自作キャラクター)に語らせてみたい。

なんかこう、文の格調を維持しつつ口語訳するイイ方法、ないかなぁ?(笑) 真面目に布教したいんだけど……。

あと気のせいか、出版されてる色んな作品のタイトルに、この本の目次の言葉が散見されるような……。
さすがに偶然かな(;・∀・)

 

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  1. 明治40年当初は大倉書店さんから出版されたそうです。アンカットだったりして? ↩︎
  2. キリスト教のこと。 ↩︎
  3. シェイクスピアのこと。 ↩︎

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水を得た一次創作屋。
オカルトはオカルトでも古代宗教〜アニミズム系のオカルトマン。ギリシア神話から入り、今は図像学を中心に色々勉強しています。
三世界っていうお話がライフワーク化しています……なっげえ。今リブート中。
(来年『三世界B』序章公開予定です~こっそり読んでくれ~)

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